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10月, 2025の投稿を表示しています

4カ月半ぶり@太陽が丘

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血尿って!働き過ぎのサラリーマンが出すやつじゃん! 明らかに体内で何か起きているね。 ご自愛ください。   今日はほぼ一日中雨だったから、作業無しで休憩の日。 休憩の日は、涼しくなったから久しぶりのアマプラ三昧か⁉ と思ったけど、ちょいちょい用事があってまだアマプラ出来ていない。 その用事の一つが歯の治療で、赤木名にある笠利病院に通っている。 それとは別に、ノンコも赤木名にある役場に行く用事あり。 別々に動くのも効率悪いしガソリン代もったいないから、赤木名の先にある元職場のプールで一汗かいてから、それぞれの用事を済ませる感じで動いた。 久しぶりのプール。 プールでの仕事を辞めたのが6/15だから、もう4カ月半も経っている! 時間の流れが速くてびっくりするね。 プールに勤務してた頃は、ほぼ毎日泳いでいた。 辞めて早々に足を怪我して動けなくなり、動けるようになっても、1~2週間に一度、海で泳ぐくらいになる。 という事で、泳ぐのはそれ程久しくはないけど、プールで泳ぐのが4カ月半ぶり。 海は波があって、流れもあるから大変な部分と、浮くから楽な部分がある。 改めてプールで泳いで思ったのは、波や障害物が無いプールは、泳ぎに集中できる。 つまり、腕で目一杯水をかけるし、バタ足や平足も気兼ねなく思い切り蹴れる。 海の場合、流されるし、岩とか珊瑚とかの障害物や波を見ながら泳ぐから、どうしても腕のかきを抑えるし、バタ足も遠慮がちになる。 結局、100m泳いだ辺りから既に腕が重くなり、250mで力尽きる、という事になりました。 いやはや、すっかり泳ぐ時に使う筋肉が衰えている事がわかったのでした。 その代わり、金槌を振る時に使う筋肉は鍛えられている、はず!多分! 剥がした屋根板をスクラップ屋に持って行った 磁石で一気に持ち上げて一瞬で終了 約2,000円でお買い上げ頂きました ヨーコ姉から 置き配に傘がさしてあった ヤマトの運ちゃん、ナイス! ハッシー

血尿に気付く@名古屋

水切り板金@佐仁

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一昨日、発注していた水切り板金が届いたから、昨日からその作業に入る。 昨日は午前中に歯医者に行き、今日の午前中は、明日の名瀬行きに向けて、外した屋根板を軽トラに積んだりしたから、作業はちょっとずつしかすすんでいないけどね。 徐々に完成に近づいてきて、焦りも無くなってきた。 次の職場に応募するのは、『右足が完治してから』という確認が次の職場の上長と取れていて、それも焦りの無い要因。 因みに、次回診察の11月11日に装具無しでOKが出れば応募する予定。 長~い休みも終わりが見えてきて寂しい気もするけど、いい加減現金収入を得ないと貯金残高がヤバいから…。 という事で、昨日でケラバ(屋根の側面側の端)の水切り板金を打ち付け完了。 オヤカタの指摘に寄り、付け方間違ってた事に気付いたけど、打ち付け後で直せないからそのままでいく。 これがどう影響するか、何年後かに判明するんだろうなぁ。 今日は、棟板金という屋根の一番上に付ける金属のカバーを設置する前に、その基礎になる貫板を張った。 そこで判明したのが、発注した棟板金がかなりギリギリ、キツキツ。 なんとかハマるけど余裕ない感じ。 こういう所に知識や経験の差が出てくるんだよねぇ。 今日は貫板張りの後、屋根の上でYouTube見ながら棟板金取付方法の予習。 次回の棟板金取付けで、ついに完成!のはず。 貫板現物合わせで打ち付け中 カズヨ姉経由マサヒロ兄のドラゴンフルーツ サヤカちゃんから福岡の柿 柿を所望するサビ 柿を持って行ったらお返しにくれた 我が家のハンダマ ハッシー

生きています@   ・・・ from 京都to名古屋

町体と釣り練習@佐仁

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冬の海の様相 笠利町の運動会を略して、「町体(ちょうたい)」と皆さんが言っている。 でも実際は「笠利地区市民体育祭」が正式名称。 どこにも町が入っていない…。 恐らく、笠利町が奄美市になる前からの名残なんだろうけど、ネットで検索しても情報が取れなかった。 というのは置いておき、その運動会が昨日だったのです。 今回、足の怪我で当然参加意思はなかったけど、仕事していないのがバレているから、校区から何人か選出するお手伝い要員で参加する事に。 という事で、意図せず初めて開会式から閉会式までしっかりと堪能する事になったのでした。 今回思ったのは、、、、 佐仁や手花部のように人口が少ない校区だと、選手を揃えるのに一苦労。 競技によっては、運動会の前日にようやく選手が決まったのもあったり。 佐仁の選手集めを見ていると、どうにかして無理くり人を集めていた。 運動会好きな人が人を集めて、運動会に興味ない人が逃げ回る、みたいな構図。 無理をすればどこかで反動はくるものだろうから、できるだけ無理の無いように、参加したい人が参加するような、人集めにもそんなに大変にならないような流れになるといいなぁ。 という感じ。 なんなら、佐仁と手花部で一つのチームになれば良いのでは、と外モノは思うけど、これはきっと無いんだろうな。 集落間、校区間の見えない壁は高くて分厚い気しかしない。 見えないから想像だけど。 そして別件バウワー。 再来週に来訪者あり、釣りを所望された。 よりによってこの時期に。 何故「よりによって」かというと、暖かい時期が終わって手軽に魚が釣れる場所が近くに無くなるから。 北側はリーフが多い分、季節で釣りが変わる。 暖かいほど魚が浅い所に来て釣りやすくなるけど、今からはどんどん深場に行く時期。 北風が吹くと、北側全般の海が荒れがち。 日によって、風が西寄りになるか東寄りになるかで、釣りの状況が変わる。 色々な経験と知識の引出しが揃ってないと、釣れる釣りが難しい。 そして、その引出しは持ってない…。 今日試しに候補になりそうな釣り場で釣りしたけど、釣れなかった。 そこは、回遊魚であるシイラが回って来たら釣れるけど、回ってこなきゃ釣れない。 今は回ってくる時期で実際回ってきている情報アリ。 でも毎日回ってくる訳じゃない。 そして今日は回って来なかった日。 島に来てから今まで何度か試してい...

雨に打たれて・・・@名古屋

薩摩芋考察@佐仁

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高知住みます芸人から、よしもと住みます芸人プロジェクトを知った。 47都道府県で誰かがいるって、さすがよしもと。 そして発想が面白いねぇ。  誰一人として知らんけど。 さて、本題。 昨日、久しぶりに畑2の整備を敢行。 畑2は、山の斜面の麓にある、島には珍しい腐葉土の畑。 今は、芋畑として運用中。 先月、怪我後初めて行った時は、雑草に覆われて、植えてあった薩摩芋が全滅(T_T) それを新たに整備して植えなおそう。と思って行ったら、ワッサーと芋蔓が生えてた! 前回全滅って思ったのは、植えた芋が育って枯れて、ちょうど採り時だった(゚∀゚)という事みたい。 どうやらしっかり育ってたようで、既に出来た芋から蔓が元気に生えていたのでした。 という事で、雑草を払って、元気に育てよーと念じて作業終了。 一部、脱走?した芋が通路や畝の外から蔓を出していたから、そういうのは掘った。 一般的にネットで薩摩芋の育て方を見ると、まだ寒い3月くらいから、種芋を一定の温度を保ちながら芽出しをさせて、そこで出来た蔓を芋から切り離して苗として畑に植えていく、という流れ。 芋を植えても、そこから出た蔓には芋は出来ない。が、定説。 その説を信じて芋では無く、蔓を植えていた。 島の場合、薩摩芋は通年育てられるから、芋掘り直後にその場で採れた蔓を植えれば良い。 そして去年も、掘るタイミングを逃し、少ししたらその年出来た芋から蔓が出てきてた。 その蔓はそのまま育ってもらって、蔓が無くなったタイミングで収穫したら、いつもより芋が大きく育っていた。 つまりは、芋蔓を植えた第一世代で種芋を作り、その種芋から出来た第二世代の芋。 そもそも、我が家の畑は周りの皆さんの畑より肥料が少ないから、芋が大きく育たないのは道理だとおもっていた。 けど、実際大きく育ったのを見て、もしかするとジャガイモみたいに芋をそのまま植えて育てると、大きい芋が出来るのでは?と思い至った。 種芋が持っている成長パワーで、大した肥料が入っていない畑でも大きく育つ、みたいな? という事で、今回、意図せず掘るタイミングを逃したってのもあり、そのまま育ってもらって来期の収穫に期待するのでした。 そして、何故、薩摩芋は蔓を植えて育てる事を推奨しているのか、を自分なりに考えると、、、 薩摩芋は低温に弱い。冷蔵庫に入れると溶ける。 内地は単に気温が低い...

先輩・後輩@名古屋

 ようやく「足」が治りかけているようで、なによりです。 実は、先日のブログで書こうと思って書けないままのネタで「転んだ」ことを書こうと思っていた。その時は、靴紐が解けていることに気付かず、解けた靴紐を反対の足で踏んで「転んだ」・・・・「転んだ」瞬間って、ただただ「わぁ~」と「!?」の入り交じる感じだった。 吉本新喜劇のネタだったら・・・「転んで」いるにも関わらず、「危なかった、転ぶところだった」と埃を払いながら袖にハケていく・・・当然、ケガすることなく。 オレは本当に転んだけれど何のケガもなかったのは幸運だった。 ホント、ケガがなかったのは幸運というような”お年頃”になったよねぇ~。 「吉本」ついでの「お笑い」関連の話を二題。 一つは、オカン・イクヨから・・・風邪をひいたらしく、しゃがれた声で電話が・・・ 要約すると「イクヨの友人の息子さんが、吉本の芸人で、高知に住んでいる、その息子さんをアンタ(つまりオレ)は知っているか?知り合いか?」と・・・・「名前も知らん!」と即答。 オカン・イクヨの友人は、おおよそ知っているつもりでいたが、初めて聞くお名前。しかも、そんなにない名字。・・・ネットで調べてみると「高知県の住みます芸人」で「桂文枝一門」の方だった。 オカン・イクヨの友人だから年齢も同じくらいだろうと予測すると・・・息子さんの齢もオレと同じくらいか?と思ったら、殆ど同じ年齢だった。・・・芸と生き方を貫く人には感動。だってオレは出来ていないから。 真逆の「お笑い」の話が二題目。 昨日 、後輩である「お笑いタレント事務所」の社長から電話があった。電話があったのは、一昨日に「相談がある!」とオレがメールを送っていたから。 最近は年に一度くらいのやり取りながら、付き合いは30年近くなる。 当時の彼は、父が「お笑いタレント事務所」の社長で、いわゆる「二世」の社員。 そのお父様が、突然、亡くなられた後、組織は何も顧みず「社長」に据えた。

踵を付けて立った、歩いた!@佐仁

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昨日のブログは久しぶりに?きれいなオチがついていたねぇ。 読み終わりの余韻がすっきり。 今朝ふと、右足の装具を付けずに踵を地面に付けて立ってみよう。 と思いたち、早速実験。 すると、意外と大丈夫。 ジワジワと体重を折れた右足の踵に乗せても、痛みはない。 実は2週間くらい前から、家の中では装具無しで歩き回ってはいた。 ただ、右足はつま先立ちで踵は浮かせて、びっこ引く感じで。 そこで、今日はちゃんと踵を付けて家の中を歩いてみた。 これも大丈夫。 だけど、踵を付けたら痛かった記憶がしっかり残ってて。 つい、つま先だけで歩いてしまうから、意識的に踵を付けて歩く必要がある。のが、ちょっと面白い。 日中、相変わらず屋根作業は中断中で、今日は畑で冬野菜の準備をする事に。 さすがに不整地で色んな体勢をとる畑作業は、不意にバランスを崩すこともあるから、装具を付けた。 夕方、海への散歩は基本的に舗装された道路しか歩かないから、3カ月以上ぶりに右足に装具を付けず、靴を履いて行ってみた。 着地の時に出来るだけ衝撃が無いように注意して、でもちゃんと踵から着地して足裏全体を使って歩く。 海に着くころには、踵にジワジワと痛みではない不思議な違和感があったけど、海辺でしばし休んで、帰る頃には違和感も無く歩けた。 踵着地の時にちょっと気を抜いて軽く衝撃が加わると若干響くから、まだ完治はしてないんだろうなぁ、というのは感じる。 でも、こんな感じでちょっとずつ刺激を与えて徐々に慣れさせていこう。  ハンナの母ちゃんから名古屋土産 味噌はお願いして届けてもらった! 庭の薩摩芋と畑のオクラ 自生菜っ葉 ハッシー

届きましたぁ~@名古屋

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箱を開けると赤いものばかりと思っていたら 下から緑のものも(笑) ありがとう!・・・テレビで「ドラゴンフルーツ」を取材しているものを見て、「あぁ~」と思っていたところへ送るとの知らせがあった。 余談だが、朝に届いたのがコレ!宅配便を持って来たいつもの人から「冷蔵でお願いします」と言われた。午後に届いたものも同じ人が持ってきたのだが「こちらは冷凍で・・・」と言っていた。・・・沢山の荷物を届けるているのに、荷物のことをよく覚えていること(笑) さて、驚いたことひとつ。 この前「チヅコ御母様が倒れた」件を書いた。 このことは京都のオカン・イクヨには知らせていなかった。理由は「救急車乗車回数」が頻繁だったから。事実、乗った翌日にまた乗った。結果、今は入院はしているものの、救急車を呼ぶ度に連絡するのは、ちょっとした「オオカミが来たぞ!」になると思ったから。 いつものオカン・イクヨとセイコさんの電話の中で オカン・イクヨから「チヅコ御母様、大丈夫?」ときた! セイコさんは、伝えていなかっただけに 「どこで知りました?」と・・・ オカン・イクヨが知ったのは、たまたま文章化されていた、ここの、オレのブログで ・・・なんや!読んでいるんかい!!・・・とっくに読まなくなっていたと思っていただけに、オレすらも襟を正した次第。 そのチヅコ御母様の「今」は、2回目の搬送の際に疑われた「貧血」の原因を見つけるための検査の日々らしい。 ところで「ありがとうファイル」って知っている? これは先週、ジュンの嫁・アヤコと電話して知ったもの。 その時は「ジュンと話すよりも」・・・というオレの案件があり、嫁のアヤコに電話することで、ジュンを懐柔?理解?納得?納入?処方?させようと(※難しくもない他愛もないコト)した際、ウチ夫婦と「スピーカー」で3人で話したときに聞いたのが「ありがとうファイル」だった。ウチ夫婦にとっては「初耳の単語」 どうやらそれは、自身の親の過去を知るために、それも優しく聞き出すために効果的なツールらしい。(笑)・・・「優しく・・」とは言いながらも「遺言の聴取」のようなものじゃん! アヤコは、電話で会話する時に、何を思ってこれを勧めてくれたの??(笑) だが、意外なことに、今日のセイコさんは「ありがとうファイル」を挑戦したらしい。 しかも病室で・・・いや当然の病室だが、これを行おうとした...

屋根作業ペースダウン@佐仁

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どんよりしているけど結局雨は降らず もともと天気予報では、19日の日曜日から一週間!雨マークが付いていた。 それを見越して、雨が続く前に屋根板貼りを終わらせるべく、若干ペースを上げて屋根板貼りをしていた。 そして先日、無事屋根板貼りが雨降る前に終わったのでした。 という訳で、昨日から雨っぽい天気の佐仁。 島あるあるだけど。 雨という天気予報ながら、雨雲が通る時はかなりの勢いで降るけど、それ以外は曇ったり結構晴れたり、というのがある。 昨日は、佐仁の近くの赤木名より南では雷雨だったみたいだけど、佐仁はたまにパラっと降る程度。 夜はそれなりに降ったな。 そして今日の日中も、恐らくそんなに降っていない模様。 恐らく、というのは日中は名瀬に出かけていていなかったから。 でも、帰り道々赤木名で大雨に合い、そのまま10分北上して佐仁に帰ってきたら雨は止んだ。 道も乾いていたし、きっと大して降っていないんだろうなぁ。 雨続きな天気だから、最後の仕上げが残っている屋根作業はしばし中断。 そもそも、今日名瀬に行って板金屋に発注した屋根の部品が届かないと再開できないし。 部品が届いて天気回復するまでは、屋根作業を優先したことによって後に回されていた事をしよう。 その前に、何が後に回されていたか、思い出す所からだな…。 どんより天気の中、海水浴 向こうは雷雨だけど、こっちはうっすら晴れ さて、備忘録。 今日は名瀬に行ったついでに昼食は外食することに。 奄美市のプレミアム商品券である「ほーらしゃ券」が当たったから、それを使って普段行かないような店を試して見る旅。 今日試したのは、ホテルビッグマリンに隣接するレストラン「 奄美郷土料理レストランあさばな 」 ここはホテルのレストランだけに、それなりに豪勢なお膳ランチメニューが揃っている。けどバイキングもやっている。 その名も「郷土料理ランチバイキング」 その中では油ソーメンと鶏飯が明らかに島料理っぽい。 他はイカの磯辺焼きのイカがやたら美味い。きっと島で捕れたやつ。とか、 スタミナ炒めに使っている豚が三枚肉で、島っぽい調理の仕方だなー。とか。 島っぽさはちょっと分かり難いけど、1,320円で食べ放題は、今のご時世だと悪くない印象。 鶏飯も普通に美味い。味噌汁は根菜いっぱいで良かった。 カレーがあったから、カレーと鶏飯を混ぜてカレー鶏飯にしてみ...

やはりオレの番でした@名古屋

屋根板貼り完了@佐仁

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マユさん、随分と速い時間に名古屋入りしたって事かな? 喜んで迎えに行くお父さんの姿が目に浮かぶ… さてさて、昨日でようやく屋根板貼りが終了。 屋根板貼りはひたすら釘を打ち続ける修行みたいな作業。 それだけに無心になりながら作業しちゃう。 無心になり過ぎると、釘を打つ所を間違えたり、板の表裏が逆になったりする。 ただ、致命的なものは無く、そのまま作業を進めたけどね。 もともと錆びだらけで穴だらけだった屋根が、全面キレイになるって嬉しい。 穴の無い屋根って当然だし、そうじゃないと屋根の役割を果たさないから当たり前のことなんだけどねぇ。 そもそも、内地ではトタン屋根自体が珍しいか。こっちではまだまだ多数派。 これから長い間、しっかり守って欲しいもんです。 で、まだ作業は終わっておらず、最後の仕上げとしてケラバ(屋根の横部分)の水切り板金と、屋根の一番上に付ける棟の合わせ板金の取付けが残っている。 内地だとホームセンターに既製品が売っているらしいけど、こっちでは板金屋さんに寸法を伝えて作ってもらう必要アリ。 なんなら鉄板買ってきて自分で板曲げて作る、という手もあるけど、全然出来る気がしないから板金屋に発注で。 寸法は測ったから、明日にでも発注できるかなー。 片側貼り終えた時の写真 最後の部分の釘を打つオヤカタ カントク畑からローゼル ミッチャン畑からネギ カズヨ姉から 安定のハンダマ 取り逃して黄色くなった… 実家から小布施みやげ カズヨ姉からシフォンケーキ 置いた途端サビがガブっと 一昨日呑みに行った所で飼われている烏骨鶏 屋内で同居している環境は初めてみた ハッシー

あ@名古屋

 ・・・ふ~っ・・・「あ」だけ入力して、何とか日付だけは死守。19日の早朝に書いています。 まず疑問に返答・・・ 数日前のブログ にあった「動けない人」がなぜ、電話ができたのか! 同じ疑問をウチら夫婦も思ってはいましたが、「謎」です。 でも、火事場の馬鹿力ではないですが、事実、電話があったので助けられたのです。 このタイミングで不思議なことが・・・只今、早朝6時50分・・・ マユから電話が・・・今から(名古屋に)帰る・・・名古屋駅まで迎えに来て・・とのこと。

宅飲み@佐仁

今日はこれからご近所さんの家に行って呑み会! 今年内地から佐仁に引っ越して来たご家族。 元気が残ってたら更新するけど…、いつもの感じだと力尽きそうだなー。 日付変更線を意識するよう気を付けます! ハッシー 

無駄な時間@名古屋

 今朝までは、何のスケジュールも入っていなかった。 こんな日は、期限のあるもの・ないもの含めて企画書や台本を書く日に当てている。 昨日、ある電話で「いささか・ブチ切れる」(=竹中直人の 「なんだこの野郎」 ネタを想像して頂ければ・・・)・・・怒りは収まらないけれど、仕事に変換するべく落ち着いて「次」を想像した。・・・想像の結果、「次」につなげるためには「コイツ」に会いに行こう!と決めてアポ取り。午後2時に会うことに。 「コイツ」に会いに行くなら、その周辺(※最近は「界隈」とも言うが)で会っていない人にも会おうと思った。久しく行っていないカフェ、家族ぐるみで付き合う服飾デザイン事務所・・・ 話は大きく変わるが・・・ セイコさんにとって、今回のチヅコ御母様の入院は、これこそ【いささか】生活のリズムを崩していると思える。例えば、我が家の朝食前に一度チヅコ御母様宅に行く日課。・・・これがなくなることで時間が空く・・・ホント、ポッカリという表現が的確。・・・まだ2、3日だが、明らかにセイコさんのリズムが違う。 オレは「(ポッカリを)埋める」ことを手助けするだけでは良くないと考えていてるが・・・・ (こんな文面を書くのは、最近、セイコさんがこのブログを読んでいないことを確信しているから(恥)) とにかく、セイコさんは張っていた「気」が緩みながらも、病院に通わなければならない新しい日常を始めることになった。・・・但し、セイコさん一人でではなくオレも含めてだけどね・・・ 話を戻す。 「コイツ」に会い、カフェに行き、デザイン事務所に行った。 カフェから「行くわぁ~」と無精な電話をデザイン事務所に電話をかけて訪ねる。 仕事の話が全くないわけではなく、無理矢理押しつけた案件の謝罪は兼ねてはいる。 電話をかけた相手は、「最高の”男”友達」と本人の前で宣えるほどの、同い年の”女性” 謝罪(笑)、進捗の確認は数分で終わり、あとは「セイコさんは?」に始まり井戸端会議的な・・・家=事務所に戻ったのは午後5時。 偽・男友達とは1時間以上過ごした。 話し続ける間で「オレすらが力んでいること」に気付く。 彼?彼女?・・・彼女ですが・・・と話すと、いつもオレに「フフン」的笑みが出る。 彼女からは【何故か】助けられているのに、彼女に【何か】をお返しをしたことは一度もない(確信) 久し振りに、予定にな...

屋根貼り開始@佐仁

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このブログを書いている10/15の18:30時点で、サトル兄ちゃんのブログが、 チヅコ御母様から「動けない!」との電話が・・・ で書き途中になっていて、その後が気になる。 動けないのにどうやって電話したの? とか、気になるポイントは他にもある。   さて、こちらようやく屋根貼りが始まった。 作業開始 から約4カ月経って、ほんとようやく。 そして屋根貼り作業もまた、単に貼れば良いという訳じゃなく、色々気を付けるポイントはある訳です。 波板だから、板同士を山に合わせて重ねるんだけど、屋根の幅に対して、屋根板を何枚使って、それぞれ何山重ねるか、という検討が必要。 せっかくだから計算して事前検討してみた。 そして、それに合わせて仮置きしてみると、、、全然合ってない…。 枚数はあってたけど、合わせる山が全然違った。 何をどう間違ったか、今後があるなら検討するけど、今後がある気がしないから検討せず、現地現物合わせでその場を凌ぐ。 もともとは12枚、というか、11枚と半分だったから、12枚準備していたけど、実際並べてみると11枚で丁度良い感じになった。 屋根の寸法も若干変わったし、屋根材もメーカーによって違うみたいだから、良い方向で想定内で収まって一安心。 そして実際屋根板を釘で打って止めていく段になると、一枚目がとても重要になってくる。 これが歪んで設置されていると、反対側で、最終的に斜めになって、棟か軒の方でズレが発生する。 さらに厄介な事に、この納屋自体、経年で歪んでいるし、今回新たに付け替えた木材も最初からたわんでる。 波板も、その名の通り波打っているから、釘打って行くと歪んでいく、とか…。 もう、何をどう気を付ければよいか悩むのも馬鹿らしくなる。 かといって無下にも出来ないから、「良い感じ」で仮設置して、問題無い無さそうな所で決め打ち。みたいな。 こんな感じで、随分な字数で書いたなりに、実際に随分な試行錯誤をして時間を食うわけです。 いちいち考えて検討して、試行錯誤して作業進めているから、やたらと時間がかかるんだよね。 経験値と腕のある大工さんがパッパと作業をしていく感じって、やっぱりプロだなぁ、と思い尊敬するのです。 昨日の朝で破風が両方ついて屋根貼り作業に移れるようになった 屋根板の仮設置で重ね具合を確かめる 屋根貼り中 今日の出来高、片面の半分弱くらいか ...

チヅコ御母様@名古屋

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 15日が担当だと勘違いしていたもので、14日分を15日の午後に書いています。 いずれにしても、この話題を書こうと思っていたので・・・ 先日書いたように金曜日・京都、土曜日・京都でフェスへ、深夜に戻り、日曜日・タレントさんを連れてイベント、月曜日の祝日・レギュラーのサッカーチームのイベントへと何かと慌ただしい週末だった。 オレは、カレンダーでいう休日に仕事であったが、セイコさんは日曜日・祝日の月曜日は「休み」であり、金曜・土曜の疲れを癒やす・・・はずであったが・・・・ 日曜日の朝、それこそオレが仕事に向かおうとしていた時刻に、チヅコ御母様から「動けない!」との電話が・・・セイコさんが向かい、事実「動けなかった」。 だが、我が家の車(※車は、一応・・・会社の車だが、ずーっと”介護車”となっている)が使えないので、救急車を呼ぶことに。 チヅコ御母様の人生に於いて、4度目の救急車への乗車(笑)・・・これでオレの3度を超える新記録(?何の基準(笑))・・(オレの記録は、救急車を呼ばれて、事なきで降ろされた1回を含む(笑)その代わりパトカーに乗せられた”1回”を含む) 平均すると25年に一度のペースだが、ここ数年に集中している。 ヘルパーさんが「御母様がいらっしゃらないようで・・」と我が家に尋ねてこられて自宅にいたオレが倒れていたチヅコ御母様を発見したのが1回目・・・即日、家に帰るも・・・「2日」後、調子を悪くして、セイコさんが再度救急車を呼ぶことに・・・これが2回目。結果、運ばれた病院に2週間ほど入院した。 3回目は、介護ベッドの柵に足を挟んで、頭を下にした状態でセイコさんに発見されたとき(笑)・・・これは発見が朝だったので、ヒマな(=自由に仕事をすることができる)オレが付き添った。・・・救急で運ばれた病院で100才である?あった?ことを褒められ、活き活きとした姿に変身し、数時間後には無事ご帰宅・・・ そして今回。オレは仕事のため、セイコさんが救急車に”初”同乗。 だが、過去3回の経験から「慌てる患者の家族の姿」は、もう無い。 代表的な例としては「靴」・・・患者が救急車に乗せられる時、患者が家に帰ってくる姿を想像していない。意外にも、保険証などは救急車が出る前に隊員が伝えてくれるので持参できる。・・・家の中で不具合・・・そのままストレッチャー・・・家族・同乗・・・隊...