種からの苗づくり@佐仁

昨日の夕陽

今日の散歩


我が家での家庭菜園の基本路線は自給だから、種から育つものを育てる方針。
あと、出来るだけ佐仁で採れたものから種を取って、それから育てるのが良いと思っている。
佐仁の環境で種まで作れた、という実績が遺伝子として種に残っているだろう、と信じているから。
以前、タカヤス兄からは、種採って、種から苗を作っているという話を聞いていた。
ミッチャン姉も、小豆や落花生、不断草なんかは種から育てている。
だから、種から育てるのはまあまあ普通かと思っていたのです。

最近、たまたまうちが種から苗作っている話をする機会が何度かあって、その度にやたらと驚かれたり、褒められたり。
その相手は、イサオさんだったり、佐仁の60代、50代の畑作業を始めたのが比較的最近な人々。
そんな皆さんは苗を購入しているそうな。
だから、佐仁の(年上だけど)若者に苗をあげたら喜ばれた。
 
想像するに、幼少期からの生活に農作業が入っている人、入っていない人の差かな、と。
今の70歳代の幼少期、佐仁は陸の孤島だったそうだから、当然、種とか苗とか自前で準備していたはず。
そもそも苗売ってなかっただろうし。
そんなのを見ていれば、種を取ることや、種から育てる事は、作業の流れの中に備わっているのでは、と想像。
60歳代の幼少期は、おそらく佐仁で紬バブルが起きていた頃だったはず。
そうなると農作業は片手間で、ほとんどが紬に関わる事や、その他、金銭を稼ぐ仕事にいそしんでいたのでは。
その人たちから、子供のころ農作業を手伝っていた、という話は聞かないし。
10歳違うだけで、随分と環境が違う。

あ、当然、80代イサオさんは超シチーボーイだから、農作業とは無縁だったと思われる。
名瀬の市街地ど真ん中に、畑は無いもんね。
定年後の楽しみに、農業を始めた。
お墓のある小宿の辺りでは畑はあっただろうから、農作業に慣れ親しむ程では無いにしろ、目にする機会はあって、土遊びに何かしらの感覚はあるんだろうけど。
80歳代の佐仁人とは次元が違うし、ある意味、佐仁の60歳代(若者)と似た感じ。

生活に根付いた農作業は種から育て、食べて、種採って、また次の年と続いていくもので。毎年少しずつ遺伝子が違う種が生まれて、それを廻していく事が、続けていける秘訣なのかなと。
趣味の農作業は苗から育てて、実を採って終わり。成果を楽しむ。
現代の忙しい生活に近いものがあるかも。と思った。

という訳で、我々は相変わらずゆるゆると種から育てる方針。
さらに、苗もあげると喜ばれるのであれば、普段色々お世話になっている人のお返しに、ちょっと多めに作っておこうかな、と思ったりもしたのでした。
ただ、今回多めに作っているトマトとピーマンの苗、温暖な地では多年草だから、年単位で育てる予定。
つまり予定通りいくと、来年は苗を作る必要が無いハズ…
あれ?

サヤカちゃんから筍パック
こんなんが3つも!

筍使用例:カレー


そんな筍のお裾分けしたら、チエコ姉からお返しの玉葱

あーんど、フキの佃煮と蛸!
サヤカちゃんありがとう!!

タカヤス兄畑から公認勝手収穫

ヨーコ姉からトマト苗と物々交換

畑①の大根&イタリアントマト(昨日)

畑①のイタリアントマト(今日)

畑③から隠元豆

ハッシー

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