昨日の伊勢@(今日は)名古屋
ここも「書き損じ」ていたとはいえ、結果、思い出深い「伊勢神宮参り」になりました。
「伊勢神宮に参ったことがない」我が家の二人を連れて行くことが主たる目的。
結果、参ることができました。(この後、時系列が砕けます)
イサオ兄ちゃん達と行った時にしたように「外宮→内宮」の順番で参ることを実行するためには、オレの当日の仕事の都合上、早朝・外宮→それなりに午前中・内宮→午後早々に名古屋へ向かうとなったのです。
当日朝、起きた段階からの「確定・伊勢参り」が相当、嬉しかったよう。
前日にプー・マユから聞かされていたのが、外宮の神が「食の神様」でもあるので、自身のニューヨーク行きも重ねたのか?絶対に参りたい・・・・とのこと。
オレは伊勢神宮参る方法の、なにがしかは判っていても、どなたが祀られているかの詳細は知らない状態。プー・マユの(ある意味の)本気度を「神宮内で」感じた。
奉納されている三重の酒・・・神々しい鳥居の立ち方・・・偶然、午の年(オレ、丙午・今年・年男)の年初に出会った本物の神馬・・・・良き年始めでしたよ!!
この週の、1月16日に チヅコ御母様が亡くなった。
いくら八百万の神を信じている日本人とはいえ、いや、むしろそんな日本人だからこそ、誰かが亡くなれば、仏式を(いつのまにか)重んじるが故に、神棚に半紙を貼って(形式上)「封印する」・・・これが【何となく】の故人を送る際の、形式の一つ
この週の、1月16日に チヅコ御母様が亡くなった。
いくら八百万の神を信じている日本人とはいえ、いや、むしろそんな日本人だからこそ、誰かが亡くなれば、仏式を(いつのまにか)重んじるが故に、神棚に半紙を貼って(形式上)「封印する」・・・これが【何となく】の故人を送る際の、形式の一つ
このブログでは事実として、事実を書く。
「伊勢神宮!家族で参拝できて良かったぁ~」・・・と。
1週間遅れたら、絶対に・・・習慣・慣習として・・・故人が出た後の伊勢神宮参りをオレがダメを言っていたと思うし、我が家の残り2名から怒りと共にツッコまれたと思う。



コメント
コメントを投稿